菊花賞は3歳の牡・牝の混合戦ではあるが、牝馬が挑戦するといったことは滅多にない。最期に菊花賞に牝馬が出走したのは’09年の第70回菊花賞でポルカマズルカ(17着)が最期だ。その前が’95年の第56回菊花賞でダンスパートナーが出走し5着に敗れている。ここ6年間牝馬による出走は1頭もおらず、その前は14年も間が空いている。
牝馬による菊花賞勝利は1943年のクリフジと、1947年のブラウニーの2頭のみである。この頃競馬をやっていた人間が果たして今生きているだろうか・・・。というくらい昔の話である。その頃はまだ菊花賞ではなく、「京都農林省賞典四歳呼馬」という呼び名のレースであった。
このように、菊花賞3000mは「男馬のレース」という色が強いレースで牝馬の出る幕はないように思える。三冠である皐月賞・日本ダービー・菊花賞には、そもそも牝馬の出走自体が少ないので、その中でも特に異色である長距離G?の菊花賞は手を出しづらいのかもしれない。
「牝馬はキレがある」このイメージはあるが「長距離が得意」というイメージはない。このイメージは間違ってはいない。牝馬は牡馬に比べて体力や能力の消耗が激しいとされているからだ。牝馬同士のレースならいいのだが、牡馬が相手の混合戦となると、キレなら勝負できるが長距離で競うには体力的にもたないのだろう。強い牝馬が出てきたとしても、牝馬は6歳で強制的に引退させられるため早い歳で引退して繁殖牝馬入りしてしまう。「牝馬は短期戦・短距離戦で勝負」、という傾向が強いというのも長距離で活躍する牝馬がいない理由なのかもしれない。
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